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11-08

「ごま漬けに酢は入れんのかい?」
それはママの認知症を決定づけた一言だった。

お姉さんやいもうとからは、
最近お母さんが少しおかしいと聞いていたが、
遠く離れたわたくしは、あまり気にもとめていなかった。

九十九里の名産であるごま漬けは、
小指程度の小さな背黒イワシを丸ごと、
頭と内臓をひとさし指でキュッと取って、
塩水に一ばん、酢水に一夜つけ…

一段ずつ、きれいに並べ、
ゆず、はりしょうが、ごま、とうがらしの輪切と順番に振り、
一段、又一段と、気の遠くなるような作業を繰り返し…

そして
しばらく置くと、
子どももお年寄りも骨ごと食べれる
イワシのごま漬けの完成となる。

お母さんの味はどんな有名な店のものよりもおいしく、
お母さん自身もそれをわかっていた。
だからわたしが実家へ帰るからというと
必ず手土産にと作ってくれておいた。

いつ頃からか少し味がかわってきて…
ん?何かが違うという感じが、現実のものとなったのだ。
50年やってきた当たり前が、お母さんの記憶から消えた。

たばこの自動販売機に古い500円札を入れて
入らないと泣きだしそうになったり、
お札に火をつけて燃やしてしまったり、
母の中で一体何が起きているんだろう?

父が亡くなって七年、
独りで淋しかったんだね…ごめんね…

今はまだ、
お母さんの中にわたくし達はいるんだろうか?
僕達の笑顔はママに届いているんだろうか?
ミー達の想いは…

忘れんぼうになった母は
「ありがと」「ありがと」とそればかり…
もういいよ。

母のシワシワになった笑顔の中に
わたくし達がいつまでもいられますように…

「ありがとう」は、俺達の方だよ。

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